日本同盟キリスト教団

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私たちの主であり、救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。イエス・キリストに栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。(ペテロの手紙第二 3章18節)

  • 教会では、毎日曜日に神さまを讃える礼拝を行っています
  • 下記に、礼拝時に拝読している聖書の一部を掲載します
  • タイトルの部分をクリックしていただくと、文章が表れます
  • ※ご承知のように聖書は膨大な書物です
  •  少しづつ読み重ねていくことをお勧めいたします
  •  聖書は世界一のベストセラーと言われているんですよ

2026年1月18日
「神にはどんなことでもできる」  戸澤元宏KGK主事

 マルコの福音書10章17節~27節

 イエスが道に出て行かれると、一人の人が駆け寄り、御前にひざまずいて尋ねた。「良い先生。永遠のいのちを受け継ぐためには、何をしたらよいでしょうか。」
 イエスは彼に言われた。「なぜ、わたしを『良い』と言うのですか。良い方は神おひとりのほか、だれもいません。
 戒めはあなたも知っているはずです。『殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。偽りの証言をしてはならない。だまし取ってはならない。あなたの父と母を敬え。』」
 その人はイエスに言った。「先生。私は少年のころから、それらすべてを守ってきました。」
 イエスは彼を見つめ、いつくしんで言われた。「あなたに欠けていることが一つあります。帰って、あなたが持っている物をすべて売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を持つことになります。そのうえで、わたしに従って来なさい。」
 すると彼は、このことばに顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。多くの財産を持っていたからである。
 イエスは、周囲を見回して、弟子たちに言われた。「富を持つ者が神の国に入るのは、なんと難しいことでしょう。」
 弟子たちはイエスのことばに驚いた。しかし、イエスは重ねて彼らに言われた。「子たちよ。神の国に入ることは、何と難しいことでしょう。
 金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうが易しいのです。」
 弟子たちは、ますます驚いて互いに言った。「それでは、だれが救われることができるでしょう。」
 イエスは彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことです。しかし、神は違います。神にはどんなことでもできるのです。」

2026年1月11日
「主の命により祝福する」  吉村恵理也師

 民数記 6章22節~27節

 主はモーセにこう告げられた。
 「アロンとその子らに告げよ。『あなたがたはイスラエルの子らに言って、彼らをこのように祝福しなさい。
  主があなたを祝福し、  
  あなたを守られますように。
  主が御顔をあなたに照らし、
  あなたを恵まれますように。
  主が御顔をあなたに向け、
  あなたに平安を与えられますように。』
 アロンとその子らが、私の名をイスラエルの子らの上に置くなら、わたしが彼らを祝福する。」

2026年1月4日
「主の恵みを受け取る」  吉村恵理也師

 イザヤ書 30章18節

 それゆえ主は、
 あなたがたに恵みを与えようとして待ち、
 それゆえ、あわれみを与えようと立ち上がられる。
 主が義の神であるからだ。
 幸いなことよ、主を持ち望すべての者は。

2025年12月28日
「恵みが感謝と賛美になる」  吉村恵理也師

 コリント人への手紙第二 4章14節-18節

 主イエスをよみがえらせた方が、私たちをもイエスとともによみがえらせ、あなたがたと一緒に御前に立たせてくださることを知っているからです。
 すべてのことは、あなたがたのためであり、恵みがますます多くの人々に及んで感謝が満ちあふれ、神の栄光が現れるようになるためなのです。
 ですから、私たちは落胆しません。たとえ私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。
 私たちの一時の軽い苦難は、それとは比べものにならないほど重い永遠の栄光を、私たちにもたらすのです。
 私たちは見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くからです。

2025年12月21日
「星の光に導かれて」  吉村恵理也師

 マタイの福音書 2章1節-12節

 イエスがヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東の方から博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。
 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちはその方の星が昇るのを見たので、礼拝するために来ました。
 これを聞いてヘロデ王は動揺した。エルサレム中の人々も王と同じであった。
 王は民の祭司長たち、律法学者たちをみな集め、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。
 彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれています。
  『ユダの地、ベツレヘムよ、
  あなたはユダを治める者たちの中で
  決して一番小さくはない。
  あなたから治める者が出て、
  わたしの民イスラエルを牧するからである。』」
 そこでヘロデは博士たちをひそかに呼んで、彼らから、星が現れた時期について詳しく聞いた。
 そして、「行って幼子について詳しく調べ、見つけたら知らせてもらいたい。私も行って拝むから」と言って、彼らをベツレヘムに送り出した。
 博士たちは、王の言ったことを聞いて出て行った。すると見よ、かつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、ついに幼子のいるところまで来て、その上にとどまった。
 その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。
 それから家に入り、母マリアとともにいる幼子を見、ひれ伏して礼拝した。そして宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。
 彼らは夢で、ヘロデのところへ戻らないようにと警告されたので、別の道から自分の国に帰って行った。

2025年12月14日
「神と人の喜び」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 2章8節-20節

 さて、その地方で、羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた。
 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。
 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。
 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
 あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。」
 すると突然、その御使いと一緒におびただしい数の天の軍勢が現れて、神を賛美した。
 「いと高き所で、栄光が神にあるように。
 地の上で、平和が
 みこころにかなう人々にあるように。」
 御使いたちが彼らから離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは話し合った。「さあ、ベツレヘムまで行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見届けて来よう。」
 そして急いで行って、マリアとヨセフと、飼葉桶に寝ているみどりごを捜し当てた。
 それを目にして羊飼いたちは、この幼子について自分たちに告げられたことを知らせた。
 聞いた人たちはみな、羊飼いたちが話したことに驚いた。
 しかしマリアは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。
 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

2025年12月7日
「私たちとともにおられるイエス」  吉村恵理也師

 マタイの福音書 1章18節-25節

 イエス・キリストの誕生は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人がまだ一緒にならないうちに、聖霊によって身ごもっていることが分かった。
 夫のヨセフは正しい人で、マリアをさらし者にしたくなかったので、ひそかに離縁しようと思った。
 彼がこのことを思い巡らしていたところ、見よ、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフよ。恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい。その胎に宿っている子は聖霊によるのです。
 マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです。」
 このすべての出来事は、主が預言者を通して語られたことが成就するためであった。
  「見よ、処女が身ごもっている。
  そして男の子を産む。
  その名はインマヌエルと呼ばれる。」
それは、訳すと、「神が私たちとともにおられる」という意味である。
 ヨセフは眠りから覚めると主の使いが命じたとおりにし、自分の妻を迎え入れたが、
 子を産むまでは彼女を知ることはなかった。そして、その子の名をイエスとつけた。 

2025年11月30日
「歌う前に語り合う」  吉村恵理也師

 エペソ人への手紙 5章19節-20節

 詩と賛美と霊の歌をもって互いに語り合い、主に向かって心から賛美し、歌いなさい。
 いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって、父である神に感謝しなさい。






2025年11月23日
「みことばが蒔かれる」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 8章4節-8節

 さて、大勢の群衆が集まり、方々の町から人々がみもとにやって来たので、イエスはたとえを用いて話された。
 「種を蒔く人が種蒔きに出かけた。蒔いていると、ある種が道端に落ちた。すると、人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。
 また、別の種は岩の上に落ちた。生長したが、水分がなかったので枯れてしまった。
 また、別の種は茨の真ん中に落ちた。すると、茨も一緒に生え出てふさいでしまった。
 また、別の種は良い地に落ち、生長して百倍の実を結んだ。」イエスはこれらのことを話しながら、大声で言われた。「聞く耳のあるものは聞きなさい。」

2025年11月16日
「神の愛」  吉村恵理也師

 ヨハネの福音書 16章25節-27節

 わたしはこれらのことを、あなたがたにたとえで話しました。もはやたとえで話すのではなく、はっきりと父について伝える時が来ます。
 その日には、あなたがたはわたしの名によって求めます。あなたがたに代わってわたしが父に願う、と言うのではありません。
 父ご自身があなたがたを愛しておられるのです。あなたがたがわたしを愛し、わたしが神のもとから出て来たことを信じたからです。

2025年11月9日
「エペソでの騒動・後編」  吉村恵理也師

 使徒の働き 19章33節-40節

 群衆のうちのある者たちは、ユダヤ人たちが前に押し出したアレクサンドロに話すよう促した。そこで、彼は手振りで静かにさせてから、集まった会衆に弁明しようとした。
 しかし、彼がユダヤ人だと分かると、みな一斉に声をあげ、「偉大なるかな、エペソ人のアルテミス」と二時間ほど叫び続けた。
 そこで、町の書記官が群衆を静めて言った。「エペソの皆さん。エペソの町が、偉大な女神アルテミスと、天から下った守護者であることを知らない人が、だれかいるでしょうか。
 これらのことは否定できないことですから、皆さんは静かにして、決して無謀なことをしてはなりません。
 皆さんは、この人たちをここに連れてきましたが、彼らは神殿を汚した者でも、私たちの女神を冒瀆した者でもありません。
 ですから、もしデメテリオと仲間の職人たちが、誰かに対して苦情があるなら、裁判も開かれるし地方総督たちもいることですから、互いに訴え出たらよいのです。
 もし、あなたがたがこれ以上何かを要求するのなら、正式な集会で解決してもらうことになります。
 今日の事件については、正当な理由がないのですから、騒乱罪に問われる恐れがあります。その点に関しては、私たちはこの騒動を弁護できません。」こう言って、その集まりを解散させた。

2025年11月2日
「エペソでの騒動・前編」  吉村恵理也師

 使徒の働き 19章21節-32節

 これらのことがあった後、パウロは御霊に示され、マケドニアとアカイアを通ってエルサレムに行くことにした。そして、「私はそこに行ってから、ローマも見なければならない」と言った。
 そこで、自分に仕えている者たちのうちの二人、テモテとエラストをマケドニアに遣わし、自分自身はなおしばらくアジアにとどまっていた。
 そのころ、この道のことで、大変な騒ぎが起こった。
 デメテリオという名の銀細工人がいて、銀でアルテミス神殿の模型を造り、職人たちにかなりの収入を得させていたが、
 その職人たちや同業の者たちを集めて、こう言ったのである。「皆さん。ご承知の通り、私たちが繁盛しているのはこの仕事のおかげです。
 ところが、見聞きしているように、あのパウロが、手で造ったものは神ではないと言って、エペソだけでなく、アジアのほぼ全域にわたって、大勢の人々を説き伏せ、迷わせてしまいました。
 これでは、私たちの仕事の評判が悪くなる恐れがあるばかりか、偉大な女神アルテミスの神殿も軽んじられ、全アジア、全世界が拝むこの女神のご威光さえも失われそうです。」
 これを聞くと彼らは激しく怒り、「偉大なるかな、エペソ人のアルテミス」と叫び始めた。
 そして町中が大混乱に陥り、人々はパウロの同行者である、マケドニア人ガイオとアリスタルコを捕らえ、一団となって劇場になだれ込んだ。
 パウロはその集まった会衆の中に入って行こうとしたが、弟子たちがそうさせなかった。
 パウロの友人でアジア州の高官であった人たちも、パウロに使いを送り、劇場に入って行かないようにと懇願した。
 人々は、それぞれ違ったことを叫んでいた。実際、集会は混乱状態で、大多数の人たちは、何のために集まったのかさえ知らなかった。

2025年10月26日
「福音が宣べ伝えられる多様さ」  吉村恵理也師

 使徒の働き 19章11節-20節

 神はパウロの手によって、驚くべき力あるわざを行われた。
 彼が身に着けていた手ぬぐいや前掛けを、持って行って病人たちに当てると、病気が去り、悪霊も出て行くほどであった。
 ところが、ユダヤ人の巡回祈祷師のうちの何人かが、悪霊につかれている人たちに向かって、試しに主イエスの名を唱え、「パウロの宣べ伝えているイエスによって、おまえたちに命じる」と言ってみた。
 このようなことをしていたのは、ユダヤ人の祭司長スケワという人の七人の息子たちであった。
 すると、悪霊が彼らに答えた。「イエスのことは知っているし、パウロのこともよく知っている。しかし、おまえたちは何者だ。」
 そして、悪霊につかれている人が彼らに飛びかかり、皆を押さえつけ、打ち負かしたので、彼らは裸にされ、傷を負ってその家から逃げ出した。
 このことが、エペソに住むユダヤ人とギリシア人のすべてに知れ渡ったので、みな恐れを抱き、主イエスの名をあがめるようになった。
 そして、信仰に入った人たちが大勢やって来て、自分たちのしていた行為を告白し、明らかにした。
 また魔術を行っていた者たちが多数、その書物を持って来て、皆の前で焼き捨てた。その値段を合計すると、銀貨五万枚になった。
 こうして、主のことばは力強く広まり、勢いを得ていった。

2025年10月19日
「聖徒の整えと宣教の課題」  吉村恵理也師

 使徒の働き 19章1節-10節

 アポロがコリントにいたときのことであった。パウロは内陸の地方を通ってエペソに下り、何人かの弟子たちに出会った。
 彼らに「信じたとき、聖霊を受けましたか」と尋ねると、彼らは「いいえ、聖霊がおられるのかどうか、聞いたこともありません」と答えた。
 「それでは、どのようなバプテスマを受けたのですか」と尋ねると、彼らは「ヨハネのバプテスマです」と答えた。
 そこでパウロは言った。「ヨハネは、自分の後に来られる方、すなわちイエスを信じるように人々に告げ、悔い改めのバプテスマを授けたのです。」
 これを聞いた彼らは、主イエスの名によってバプテスマを受けた。
 パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに臨み、彼らは異言を語ったり、預言したりした。
 その人たちは、全員で十二人ほどであった。
 パウロは会堂に入って、三か月の間大胆に語り、神の国について論じて、人々を説得しようと努めた。
 しかし、ある者たちが心を頑なにして聞き入れず、会衆の前でこの道のことを悪く言ったので、パウロは彼らから離れ、弟子たちも退かせて、毎日ティラノの講堂で論じた。
 これが二年続いたので、アジアに住む人々はみな、ユダヤ人もギリシア人も主のことばを聞いた。

2025年10月12日
「恵みの理解を深める」  吉村恵理也師

 使徒の働き 18章23節-28節

 パウロはアンティオキアにしばらく滞在した後、また出発し、ガラテヤの地方やフリュギアを次々に巡って、すべての弟子たちを力づけた。
 さて、アレクサンドリア生まれでアポロという名の、雄弁なユダヤ人がエペソに来た。彼は聖書に通じていた。
 この人は主の道について教えを受け、霊に燃えてイエスのことを正確に語ったり教えたりしていたが、ヨハネのバプテスマしか知らなかった。 
 彼は会堂で大胆に語り始めた。それを聞いたプリスキラとアキラは、彼をわきに呼んで、神の道をもっと正確に説明した。
 アポロはアカイアに渡りたいと思っていたので、兄弟たちは彼を励まし、彼を歓迎してくれるようにと、弟子たちに手紙を書いた。彼はそこに着くと、恵みのよって信者になっていた人たちを、大いに助けた。
 聖書によってイエスがキリストであることを証明し、人々の前で力づよくユダヤ人たちを論破したからである。

2025年10月5日
「政教分離の影響」  吉村恵理也師

 使徒の働き 18章12節-22節

 ところが、ガリオがアカイアの地方総督であったとき、ユダヤ人たちは一斉にパウロに反抗して立ち上がり、彼を法廷に引いて行って、
 「この人は、律法に反するやり方で神を拝むよう、人々をそそのかしています」と言った。
 パウロが口を開こうとすると、ガリオはユダヤ人に向かって言った。「ユダヤ人の諸君。不正な行為や悪質な犯罪のことであれば、私は当然あなたがたの訴えを取り上げるが、
 ことばや名称やあなたがたの律法に関する問題であれば、自分たちで解決するがよい。私はそのようなことの裁判官になりたくはない。」
 そうして彼らを法廷から追い出した。
 そこで皆は会堂司ソステネを捕らえ、法廷の前で打ちたたいた。ガリオは、そのようなことは少しも気にしなかった。
 パウロは、なおしばらく滞在してから、兄弟たちに別れを告げて、シリアへ向けて船で出発した。プリスキラとアキラも同行した。パウロは誓願を立てていたので、ケンクレアで髪を剃った。
 彼らがエペソに着くと、パウロは二人を残し、自分だけ会堂に入って、ユダヤ人と論じ合った。
 人々はもっと長くとどまるように頼んだが、パウロは聞き入れず、
 「神のみこころなら、またあなたがたのところに戻って来ます」と言って別れを告げ、エペソから船出した。
 それからカイサリアに上陸してエルサレムに上り、教会にあいさつしてからアンティオキアに下って行った。

2025年9月28日
「肉と御霊の対立」  小宮ひとみ師

 ガラテア人への手紙 5章16節ー18節

 私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、肉の欲望を満たすことは決してありません。
 肉が望むことは御霊に逆らい、御霊が望むことは肉に逆らうからです。この二つは互いに対立しているので、あなたがたは願っていることができなくなります。

2025年9月21日
「隣人のものを欲してはならない」  田中啓水師

 出エジプト記 20章17節

 あなたの隣人の家を欲してはならない。あなたの隣人の妻、男奴隷、女奴隷、牛、ろば、すべてあなたの隣人のものを欲してはならない。」

2025年9月14日
「三つ撚りの力強さ」  吉村恵理也師

 伝道者の書 4章9節ー12節

 二人は一人よりもまさっている。
 二人の労苦には、良い報いがあるからだ。
 どちらかが倒れるときには、
 一人がその仲間を起こす。
 倒れても起こしてくれる者のいない
 ひとりぼっちの人はかわいそうだ。
 また、二人が一緒に寝ると温かくなる。
 一人ではどうして温かくなるだろうか。
 一人なら打ち負かされても、
 二人なら立ちむかえる。
 三つ撚りの糸は簡単には切れない。

2025年9月7日
「空の歩み、主の喜び」  吉村恵理也師

 伝道者の書 1章1節ー11節

 エルサレムの王、ダビデの子、伝道者のことば。
 空の空。伝道者は言う。
 空の空。すべては空。
 日の下でどんなに労苦しても、
 それが人に何の益になるだろうか。

 一つの世代が去り、次の世代が来る。
 しかし、地はいつまでも変わらない。
 日は昇り、日は沈む。
 そしてまた、元の昇るところへと急ぐ。
 風は南に吹き、巡って北に吹く。
 巡り巡って風は吹く。
 しかし、その巡る道に風は帰る。
 川はみな海に流れ込むが、
 海は満ちることがない。
 川は流れる場所に、
 また帰って行く。
 すべてのことは物憂く、
 人は語ることさえできない。
 目は見て満足することがなく、
 耳も聞いて満ち足りることがない。
 昔あったものは、これからもあり、
 かつて起こったことは、これからも起こる。
 日の下には新しいものは一つもない。
 「これを見よ。これは新しい」
 と言われるものがあっても、
 それは、私たちよりはるか前の時代に
 すでにあったものだ。
 前にあったことは記憶に残っていない。
 これから後に起こることも、
 さらに後の時代に起こることも、
 さらに後の時代の人々には
 記憶されないだろう。 

2025年8月31日
「願っていた礼拝を献げる」  吉村恵理也師

 列王記第二 23章21節ー25節

 王は民全体に次のように命じた。「この契約の書に記されているとおり、あなたがたの神、主に、過越のいけにえを献げよ。」
 実に、さばきつかさたちがイスラエルをさばいた時代以来、イスラエルの王たちとユダの王たちのどの時代にも、このような過越のいけにえが献げられたことはなかった。
 ただ、ヨシア王の第十八年に、エルサレムでこの過越のいけにえが主に献げられただけであった。
 さらにヨシアは、霊媒、口寄せ、テラフィム、偶像、それに、ユダの地とエルサレムに見られるすべての忌むべき物も除き去った。こうして、彼は祭司ヒルキヤが主の宮で見つけた書物に記されている律法のことばを実行した。
 ヨシアのようにモーセのすべての律法に従って、心のすべて、たましいのすべて、力のすべてをもって主に立ち返った王は、彼より前にはいなかった。彼の後にも彼のような者は、一人も起こらなかった。

2025年8月24日
信仰によって伝統を整える」  吉村恵理也師

 列王記第二 18章1節ー8節

 イスラエルの王エラの子ホセアの第三年に、ユダの王アハズの子ヒゼキヤが王となった。
 彼は二十五歳で王となり、エルサレムで二十九年間、王であった。彼の母の名はアビといい、ゼカリヤの娘であった。
 彼は、すべて父祖ダビデが行ったとおりに、主の目にかなうことを行った。
 高き所を取り除き、石の柱を打ち砕き、アシェラ像を切り倒し、モーセが作った青銅の蛇を砕いた。そのころまで、イスラエル人がこれに犠牲を供えていたからである。これはネフシュタンと呼ばれていた。
 彼はイスラエルの神、主に信頼していた。彼の後にも前にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった。
 彼は主に堅くつき従って離れることなく、主がモーセに命じられた命令を守った。
 主は彼とともにおられた。彼はどこへ出て行っても成功を収めた。彼はアッシリアの王に反逆して、彼に仕えなかった。
 彼はペリシテ人を討ってガザにまで至り、見張りのやぐらから城壁のある町に至るその領土を打ち破った。

2025年7月27日
「ともしびと光」  李到玄師

 詩篇 119篇105節

 あなたのみことばは 私の足のともしび
 私の道の光です。





2025年7月20日
「燃え尽きる前にいやされる」  吉村恵理也師

 使徒の働き 18章1節-11節

 その後、パウロはアテネを去ってコリントに行った。
 そこで、ポントス生まれでアキラという名のユダヤ人と、彼の妻プリスキラに出会った。クラウディウス帝が、すべてのユダヤ人をローマから退去させるように命じたので、最近イタリアから来ていたのである。パウロは二人のところに行き、
 自分も同業者であったので、その家に住んで一緒に仕事をした。彼らの職業
は天幕作りであった。
 パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人やギリシア人を説得しようとした。
 シラスとテモテがマケドニアから下って来ると、パウロはみことばを語ることに専念し、イエスがキリストであることをユダヤ人たちに証しした。
 しかし、彼らが反抗して、口汚くののしったので、パウロは衣のちりを振り払って言った。「あなたがたの血は、あなたがたの頭上にふりかかれ。私には、責任がない。今から私は異邦人のところに行く。」
 そして、そこを去って、ティティオ・ユストという名の、神を敬う人の家に行った。その家は会堂の隣にあった。
 会堂司のクリスポは、家族全員とともに主を信じた。また、多くのコリント人も聞いて信じ、バプテスマを受けた。
 ある夜、主は幻によってパウロに言われた。「恐れないで、語り続けなさい。
黙ってはいけない。
 わたしがあなたとともにいるので、あなたを襲って危害を加える者はいない。この町には、わたしの民がたくさんいるのだから。」
 そこで、パウロは一年六か月の間腰を据えて、彼らの間で神のことばを教え
続けた。

2025年7月13日
「真の神を知る説教 後編」  吉村恵理也師

 使徒の働き 17章26節-34節

 神は、一人の人からあらゆる民を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、住まいの境をお定めになりました。
 それは、神を求めさせるためです。もし人が手探りで求めることがあれば、神を見出すこともあるでしょう。確かに、神は私たち一人ひとりから遠く離れてはおられません。
 『私たちは神の中に生き、動き、存在している』のです。あなたがたのうちのある詩人たちも、『私たちもまた、その子孫である』と言ったとおりです。
 そのように私たちは神の子孫ですから、神である方を金や銀や石、人間の技術や考えで造ったものと同じであると、考えるべきではありません。
 神はそのような無知の時代を見過ごしておられましたが、今はどこででも、すべての人に悔い改めを命じておられます。
 なぜなら、神は日を定めて、お立てになった一人の方により、義をもってこの世界をさばこうとしておられるからです。神はこの方を死者の中からよみがえらせて、その確証をすべての人にお与えになったのです。
 死者の復活のことを聞くと、ある人たちはあざ笑ったが、ほかの人たちは「そのことについては、もう一度聞くことにしよう」と言った。
 こうして、パウロは彼らの中から出て行った。
 ある人々は彼につき従い、信仰に入った。その中には、アレオパゴスの裁判官ディオヌシオ、ダマリスという名の女の人、そのほかの人たちもいた。

2025年7月6日
「真の神を知る説教」  吉村恵理也師

 使徒の働き 17章16節-25節

 さて、パウロはアテネで二人を待っていたが、町が偶像でいっぱいなのを見て、心に憤りを覚えた。
 それでパウロは、会堂ではユダヤ人や神を敬う人たちと論じ、広場ではそこに居合わせた人たちと毎日論じ合った。
 エピクロス派とストア派の哲学者たちも何人か、パウロと議論していたが、ある者は「このおしゃべりは、何が言いたいのか」と言い、ほかの者たちは「彼は他国の神々の宣伝者のようだ」と言った。パウロが、イエスと復活を宣べ伝えていたからである。
 そこで彼らは、パウロをアレオパゴスに連れて行き、こう言った。「あなたが語っているその新しい教えがどんなものか、知ることができるでしょうか。
 私たちには耳慣れないことを聞かせてくださるので、それがいったいどんなことなのか、知りたいのです。」
 アテネ人も、そこに滞在する他国人もみな、何か新しいことを話したり聞いたりすることだけで、日を過ごしていた。
 パウロは、アレオパゴスの中央に立って言った。「アテネの人たち。あなたがたは、あらゆる点で宗教心にあつい方々だと、私は見ております。
 道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られていない神に』と刻まれた祭壇があるのを見つけたからです。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それを教えましょう。
 この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手で造られた宮にお住まいにはなりません。
 また、何か足りないかのように、人の手によって仕えられる必要もありません。神ご自身がすべての人に、いのちと息と万物を与えておられるのですから。

2025年6月29日
「宣教と教会の守り」  吉村恵理也師

 使徒の働き 17章12節-15節

 それで彼らのうちの多くの人たちが信じた。また、ギリシアの貴婦人たち、そして男たちも少なからず信じた。
 ところが、テサロニケのユダヤ人たちが、ベレアでもパウロによって神のことばが伝えられていることを知り、そこにもやって来て、群衆を扇動して騒ぎを起こした。
 そこで兄弟たちは、すぐにパウロを送り出して海岸まで行かせたが、シラスとテモテはベレアにとどまった。
 パウロを案内した人たちは、彼をアテネまで連れて行った。そして、できるだけ早く彼のところに来るようにという、シラスとテモテに対する指示を受けて、その人たちは帰途についた。

2025年6月22日
「教会が教会である意味」  吉村恵理也師

 使徒の働き 17章1節-11節

 パウロとシラスは、アンピポリスとアポロニアを通って、テサロニケに行った。そこにはユダヤ人の会堂があった。
 パウロは、いつものように人々のところに入って行き、三回の安息日にわたって、聖書に基づいて彼らと論じ合った。
 そして、「キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえらなければならなかったのです。私があなたがたに宣べ伝えている、このイエスこそキリストです」と説明し、また論証した。
 彼らのうちのある者は納得して、パウロとシラスに従った。神を敬う大勢のギリシア人たちや、かなりの数の有力な婦人たちも同様であった。
 ところが、ユダヤ人たちはねたみに駆られ、広場にいるならず者たちを集め、暴動を起こして町を混乱させた。そしてヤソンの家を襲い、二人を捜して集まった会衆の前に引き出そうとした。
 しかし、二人が見つからないので、ヤソンと兄弟たち何人かを町の役員たちのところに引いて行き、大声で言った。「世界中を騒がせてきた者たちが、ここにも来ています。
 ヤソンが家に迎え入れたのです。彼らはみな、『イエスという別の王がいる』と言って、カエサルの詔勅に背く行いをしています。」
 これを聞いた群衆と町の役人たちは動揺した。
 役人たちは、ヤソンとほかの者たちから保証金を取ったうえで釈放した。
 兄弟たちはすぐ、夜のうちにパウロとシラスをベレアに送り出した。そこに着くと、二人はユダヤ人の会堂に入って行った。
 この町のユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも素直で、非常に熱心にみことばを受け入れ、はたしてそのとおりかどうか、毎日聖書を調べた。

2025年6月15日
「市民権を得ている意味」  吉村恵理也師

 使徒の働き 16章35節-40節

 夜が明けると、長官たちは警吏たちを遣わして、「あの者たちを釈放せよ」と言った。
 そこで、看守はそのことばをパウロに伝えて、「長官たちが、あなたがたを釈放するようにと、使いをよこしました。さあ、牢を出て、安心してお行きください」と言った。
 しかし、パウロは警吏たちに言った。「長官たちは、ローマ市民である私たちを、有罪判決を受けていないのに公衆の前でむち打ち、牢に入れました。それなのに、今ひそかに私たちを去らせるのですか。それはいけない。彼ら自身が来て、私たちを外に出すべきです。」
 警吏たちは、このことばを長官たちに報告した。すると長官たちは、二人がローマ市民であると聞いて恐れ、
 自分たちで出向いて来て、二人をなだめた。そして牢から外に出し、町から立ち去るように頼んだ。
 牢を出た二人はリディアの家に行った。そして兄弟たちに会い、彼らを励ましてから立ち去った。

2025年6月8日
「国外宣教者の信仰観」  吉村恵理也師

 テサロニケ人への手紙第一 2章1節-4節

 兄弟たち。あなたがた自身が知っているとおり、私たちがあなたがたのところに行ったことは、無駄になりませんでした。
 それどころか、ご存じのように、私たちは先にピリピで苦しみにあい、辱めを受けていたのですが、私たちの神によって勇気づけられて、激しい苦闘のうちにも福音をあなたがたに語りました。
 私たちの勧めは、誤りから出ているものでも、不順な心から出ているものでもなく、だましごとでもありません。
 むしろ私たちは、神に認められて福音を委ねられた者ですから、それにふさわしく、人を喜ばせるのではなく、私たちの心をお調べになる神に喜んでいただこうとして、語っているのです。

2025年6月1日
「ひとりの信仰者と家族の洗礼」  吉村恵理也師

 使徒の働き 16章25節-34節

 真夜中ごろ、パウロとシラスは祈りつつ、神を賛美する歌を歌っていた。ほかの囚人たちはそれに聞き入っていた。
 すると突然、大きな地震が起こり、牢獄の土台が揺れ動き、たちまち扉が全部開いて、すべての囚人の鎖が外れてしまった。
 目を覚ました看守は、牢の扉が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとした。
 パウロは大声で「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」と叫んだ。
 看守は明かりを求めてから、牢の中に駆け込み、震えながらパウロとシラスの前にひれ伏した。
 そして二人を外に連れ出して、「先生方。救われるためには何をしなければなりませんか」と言った。
 二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすればあなたもあなたの家族も救われます。」
 そして、彼と彼の家にいる者全員に、主のことばを語った。
 看守はその夜、時を移さず二人を引き取り、打ち傷を洗った。そして、彼とその家の者全員が、すぐにバプテスマを受けた。
 それから二人を家に案内して、食事のもてなしをし、神を信じたことを家族全員とともに心から喜んだ。

2025年5月25日
「迫害と天における報いの大きさ」  吉村恵理也師

 使徒の働き 16章16節-24節

 さて、祈り場に行く途中のことであった。私たちは占いの霊につかれた若い女奴隷に出会った。この女は占いをして、主人たちに多くの利益を得させていた。
 彼女はパウロや私たちの後について来て、「この人たちは、いと高き神のしもべたちで、救いの道をあなたがたに宣べ伝えています」と叫び続けた。
 何日もこんなことをするので、困り果てたパウロは、振り向いてその霊に、「イエス・キリストの名によっておまえに命じる。この女から出て行け」と言った。すると、ただちに霊は出て行った。
 彼女の主人たちは、金儲けする望みがなくなったのを見て、パウロとシラスを捕らえ、広場の役人たちのところに引き立てて行った。
 そして、二人を長官の前に引き出して言った。「この者たちはユダヤ人で、私たちの町をかき乱し、
 ローマ人である私たちが、受け入れることも行うことも許されていない風習を宣伝しております。」
 群衆も二人に反対して立ったので、鳥瞰たちは、彼らの衣をはぎ取ってむちで打つように命じた。
 そして何度もむちで打たせてから二人を牢に入れ、看守に厳重に見張るように命じた。
 この命令を受けた看守は、二人を奥の牢に入れ、足には木の足かせをはめた。

2025年5月18日
「時に閉じられ時に開かれる」  吉村恵理也師

 使徒の働き 16章6節-15節

 それから彼らは、アジアでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フリュギア・ガラテヤの地方を通って行った。
 こうしてミシアの近くまで来たとき、ビティニアに進もうとしたが、イエスの御霊がそれを許されなかった。
 それでミシアを通って、トロアスに下った。
 その夜、パウロは幻を見た。一人のマケドニア人が立って、「マケドニアに渡って来て、私たちを助けてください」と懇願するのであった。
 パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニアに渡ることにした。彼らに福音を宣べ伝えるために、神が私たちを召しておられるのだと確信したからである。
 私たちはトロアスから船出して、サモトラケに直航し、翌日ネアポリスに着いた。
 そこからピリピに行った。この町はマケドニアのこの地方の主要な町で、植民都市であった。私たちはこのに町に数日滞在した。
 そして安息日に、私たちは町の門の外に出て、祈り場である川岸に行き、そこに腰を下ろして、集まって来た女たちに話をした。
 リディアという名の女の人が聞いていた。ティアティラ市の紫布の商人で、神を敬う人であった。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに心を留めるようにされた。
 そして、彼女とその家族の者たちがバプテスマを受けたとき、彼女は、「私が主を信じる者だとお思いでしたら、私の家に来てお泊りください」と懇願し、無理やり私たちにそうさせた。

2025年5月11日
「救いのための対応」  吉村恵理也師

 使徒の働き 16章1節-5節

 それからパウロはデルベに、そしてリステラに行った。すると、そこにテモテという弟子がいた。信者であるユダヤ人女性の子で、父親はギリシア人であった。
 彼は、リステラとイコニアンの兄弟たちの間で評判の良い人であった。
 パウロは、このテモテを連れて行きたかった。それで、その地方にいるユダヤ人たちのために、彼に割礼を受けさせた。彼の父親がギリシア人であることを、皆が知っていたからである。
 彼らは町々を巡り、エルサレムの使徒たちと長老たちが決めた規定を、守るべきものとして人々に伝えた。
 こうして諸教会は信仰を強められ、人数も日ごとに増えていった。

2025年5月4日
「教会が力づけられる時」  吉村恵理也師

 使徒の働き 15章30節-41節

 さて、一行は送り出されてアンティオキアに下り、教会の会衆を集めて手紙を手渡した。
 人々はそれを読んで、その励ましのことばに喜んだ。
 ユダもシラスも預言者であったので、多くのことばをもって兄弟たちを励まし、力づけた。
 二人は、しばらく滞在した後、兄弟たちの平安のあいさつに送られて、自分たちを遣わした人々のところに帰って行った。
 パウロとバルナバはアンティオキアにとどまって、ほかの多くの人々とともに、主のことばを教え、福音を宣べ伝えた。
 それから数日後、パウロはバルナバに言った。「さあ、先に主のことばを宣べ伝えたすべての町で、兄弟たちがどうしているか、また行って見て来ようではありませんか。」
 バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネを一緒に連れて行くつもりであった。
 しかしパウロは、パンフィリアで一行から離れて働きに同行しなかった者たちは、連れて行かないほうがよいと考えた。
 こうして激しい議論になり、その結果、互いに別行動をとることになった。バルナバはマルコを連れて、船でキプロスに渡って行き、
 パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて出発した。
 そしてシリアおよびキリキアを通り、諸教会を力づけた。

2025年4月27日
「主の復活と私たちとの関係」  吉村恵理也師

 コリント人への手紙第一 15章12節-21節

 ところで、キリストは死者の中からよみがえられたと宣べ伝えられているのに、どうして、あなたがたの中に、死者の復活はないと言う人たちがいるのですか。
 もし死者の復活がないとしたら、キリストもよみがえらなかったでしょう。
 そして、キリストがよみがえらなかったとしたら、私たちの宣教は空しく、あなたがたの信仰も空しいものとなります。
 私たちは神についての偽証人ということにさえなります。なぜなら、かりに死者がよみがえらないとしたら、神はキリストをよみがえらせなかったはずなのに、私たちは神がキリストをよみがえらせたと言って、神に逆らう証言をしたことになるからです。
 もし死者がよみがえらないとしたら、キリストもよみがえらなかったでしょう。
 そして、もしキリストがよみがえらなかったとしたら、あなたがたの信仰は空しく、あなたがたは今もなお自分の罪の中にいます。
 そうだとしたら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったことになります。
 もし私たちが、この地上のいのちにおいてのみ、キリストに望みを抱いているのなら、私たちはすべての人の中で一番哀れな者です。
 しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。
 死が一人の人を通して来たのですから、死者の復活も一人の人を通して来るのです。

2025年4月20日
「復活は信じる人を用いて伝えられる」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 14章1節-12節

 週の初めの日の明け方早く、彼女たちは準備しておいた香料を持って墓に来た。
 見ると、石が墓からわきに転がされていた。
 そこで中に入ると、主イエスのからだは見当たらなかった。
 そのため途方に暮れていると、見よ、まばゆいばかりの衣を着た人が二人、 近くに来た。
 彼女たちは恐ろしくなって、地面に顔を伏せた。すると、その人たちはこう 言った。「あなたがたは、どうして生きている人を死人の中に捜すのですか。
 ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたこ ろ、主がお話しになったことを思い出しなさい。 
 人の子は必ず罪人たちの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえると言われたでしょう。」
 彼女たちはイエスのことばを思い出した。 
 そして墓から戻って、十一人とほかの人たち全員に、これらのことをすべて 報告した。
 それは、マグダラのマリア、ヨハンナ、ヤコブの母マリア、そして彼女たちとともにいた、ほかの女たちであった。彼女たちはこれらのことを使徒たちに 話したが、
 この話はたわごとのように思えたので、使徒たちは彼女たちを信じなかった。
 しかしペテロは立ち上がり、走って墓に行った。そしてかがんでのぞき込む と、亜麻布だけが見えた。それで、この出来事に驚きながら自分のところに帰った。

2025年4月13日
「最後の晩餐における期待と疑心」  吉村恵理也師

 詩篇 145章8節-11節

 主は情け深く あわれみ深く
 怒るのに遅く 恵みに富んでおられます。
 主はすべてのものにいつくしみ深く
 そのあわれみは 
 造られたすべてのものの上にあります。
 主よ あなたが造られたすべてのものは
 あなたに感謝し
 あなたにある敬虔な者たちは
 あなたをほめたたえます。
 彼らはあなたの王国の栄光を告げ
 あなたの大能のわざを語ります。

2025年4月6日
「旧約聖書とぶどう園のたとえ」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 20章9節-19節

 また、イエスは人々に対してこのようなたとえを話し始められた。「ある人がぶどう園を造り、それを農夫たちに貸して、長い旅に出た。
 収穫の時になったので、彼は農夫たちのところに一人のしもべを遣わした。ぶどう園の収穫の一部を納めさせるためであった。ところが農夫たちは、そのしもべを打ちたたき、何も持たせないで帰らせた。
 そこで別のしもべを遣わしたが、彼らはそのしもべも打ちたたき、辱めた上で、何も持たせないで帰らせた。
 彼はさらに三人目のしもべを遣わしたが、彼らはこのしもべにも傷を負わせて追い出した。
 ぶどう園の主人は言った。『どうしようか。そうだ、私の愛する息子を送ろう。この子なら、きっと敬ってくれるだろう。』
 ところが、農夫たちはその息子を見ると、互いに議論して、『あれは跡取りだ。あれを殺してしまおう。そうすれば、相続財産は自分たちのものになる』と言った。
 そして、彼をぶどう園の外に放り出して、殺してしまった。こうなったら、ぶどう園の主人は彼らをどうするでしょうか。
 主人はやって来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるでしょう。」
 これを聞いた人たちは、「そんなことが起こってはなりません」と言った。
 イエスは彼らを見つめて言われた。「では、
  『家を建てる者たちが捨てた石、
  それが要の石となった』
と書いてあるのは、どういうことなのですか。
 だれでもこの石の上に落ちれば、粉々に砕かれ、またこの石が人の上に落ちれば、その人を押しつぶします。」
 律法学者たちと祭司長たちは、このたとえ話が自分たちを指して語られたことに気づいた。それでそのとき、イエスに手をかけて捕らえようとしたが、民を恐れた。

2025年3月30日
「みことばはいつ実現するのか」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 17章20節-27節

 パリサイ人たちが、神の国はいつ来るのかと尋ねたとき、イエスは彼らに答えられた。「神の国は、目に見える形で来るものではありません。
『見よ、ここだ』とか、『あそこだ』とか言えるようなものではありません。見なさい。神の国はあなたがたのただ中にあるのです。」
 イエスは弟子たちに言われた。「あなたがたが、人の子の日を一日でも見たいと願っても、見られない日が来ます。
 人々は『見よ、あそこだ』とか、『見よ、ここだ』とか言いますが、行ってはいけません。追いかけてもいけません。
 人の子の日、人の子は、稲妻がひらめいて天の端から天の端まで光るのと、ちょうど同じようになります。
 しかし、まず人の子は多くの苦しみを受け、この時代の人々に捨てられなければなりません。
 ちょうど、ノアの日に起こったのと同じことが、人の子の日にも起こります。
 ノアが箱船に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていましたが、洪水が来て、すべての人を滅ぼしてしまいました。

2025年3月23日
「地上の悔い改めと天の喜び」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 15章1節-10節

 さて、取税人たちや罪人たちがみな、話を聞こうとしてイエスのの近くにやって来た。
 すると、パリサイ人たち、律法学者たちが、「この人は罪人たちを受け入れて、一緒に食事をしている」と文句を言った。
 そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。
 「あなたがたのうちのだれかが羊を百匹持っていて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。
 見つけたら、喜んで羊を肩に担ぎ、
 家に戻って、友だちや近所の人たちを呼び集め、『一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うでしょう。
 あなたがたに言います。それと同じように、一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。
 また、ドラクマ銀貨を十枚持っている女の人が、その一枚をなくしたら、明かりをつけ、家を掃いて、見つけるまで注意深く捜さないでしょうか。
 見つけたら、女友だちや近所の女たちを呼び集めて、『一緒に喜んでください。なくしたドラクマ銀貨を見つけましたから』と言うでしょう。
 あなたがたに言います。それと同じように、一人の罪人が悔い改めるなら、神の御使いたちの前には喜びがあるのです。」

2025年3月16日
「時間を割くところに心あり」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 12章29節-34節

 何を食べたらよいか、何を飲んだらよいかと、心配するのをやめ、気をもむのをやめなさい。
 これらのものはすべて、この世の異邦人が切に求めているものです。これらのものがあなたがたに必要であることは、あなたがたの父が知っておられます。
 むしろ、あなたがたは御国を求めなさい。そうすれば、これらのものはそれに加えて与えられます。
 小さな群れよ、恐れることはありません。あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国を与えてくださるのです。
 自分の財産を売って施しをしなさい。自分のために、天に、すり切れない財布を作り、尽きることのない宝を積みなさい。天では盗人が近寄ることも、虫が食い荒らすこともありません。
 あなたがたの宝のあるところ、そこにあなたがたの心もあるのです。

2025年3月9日
「祈り求めて与えられるよいもの」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 11章5節-13節

 また、イエスはこう言われた。「あなたがたのうちのだれかに友だちがいて、その人のところに真夜中に行き、次のように言ったとします。『友よ。パンを三つ貸してくれないか。
 友人が旅の途中、私のところに来たのだが、出してやるものがないのだ。』
 すると、その友だちは家の中からこう答えるでしょう。『面倒をかけないでほしい。もう戸を閉めてしまったし、子どもたちも私と一緒に床に入っている。起きて、何かをあげることはできない。』
 あなたがたに言います。この人は、友だちだからというだけでは、起きて何かをあげることはしないでしょう。しかし、友だちのしつこさのゆえなら起き上がり、必要なものを何でもあげるでしょう。
 ですから、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見出します。たたきなさい。そうすれば開かれます。
 あなたがたの中で、子どもが魚を求めているのに、魚の代わりに蛇を与えるような父親がいるでしょうか。
 卵を求めているのに、サソリを与えるような父親がいるでしょうか。
 ですから、あなたがたは悪い者であっても、自分の子どもたちには良いものを与えることを知っています。それならなおのこと、天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えて下さいます。」

2025年3月2日
「生命は大切に扱われる」  吉村恵理也師

 レビ記 18章1節-5節

 主はモーセにこう告げられた。
 「イスラエルの子らに告げよ。
 わたしはあなたがたの神、主である。
 あなたがたは、自分たちが住んでいたエジプトの地の風習をまねてはならない。また、わたしがあなたがたを導き入れようとしているカナンの地の風習をまねてはならない。彼らの掟に従って歩んではならない。
 わたしの定めを行い、わたしの掟を守り、それらの中にあって歩まなければならない。わたしがあなたがたの神、主である。
 あなたがたは、わたしの掟とわたしの定めを守りなさい。人がそれらを行うなら、それらによって生きる。わたしは主である。

2025年2月23日
「病と回復についてのおしえ」  吉村恵理也師

 レビ記 13章1節-3節

 主はモーセとアロンにこう告げられた。
 「ある人のからだの皮膚に腫れもの、あるいはかさぶた、あるいは斑点ができて、からだの皮膚にツァラアトに冒された患部が現れたときは、彼を祭司アロンのところか、アロンの子らで祭司の一人のところに連れて来なければならない。
 祭司は、そのからだの皮膚の患部を調べる。その患部の毛が白く変わり、患部がそのからだの皮膚よりも深いところに見えているなら、それはツァラアトに冒された患部である。祭司はそれを調べ、彼を汚れていると宣言する。

2025年2月16日
「主も私も喜ぶために」  吉村恵理也師

 へブル人への手紙 10章1節-10節

 律法には来たるべき良きものの影はあっても、その実物はありません。ですから律法は、年ごとに絶えず献げられる同じいけにえによって神に近づく人々を、完全にすることができません。
 それができたのなら、礼拝する人たちは一度できよめられて、もはや罪を意識することがなくなるので、いけにえを献げることは終わったはずです。
 ところがむしろ、これらのいけにえによって罪が年ごとに思い出されるのです。
 雄牛と雄やぎの血は罪を除くことができないからです。
  ですからキリストは、この世界に来てこう言われました。
  「あなたは、いけにえやささげ物を
  お求めにならないで、
  わたしに、からだを備えてくださいました。
  全焼のささげ物や罪のきよめのささげ物を
  あなたは、お喜びになりませんでした。
  そのとき、わたしは申しました。
  『今、わたしはここに来ております。
  巻物の書にわたしのことが書いてあります。
  神よ、あなたのみこころを行うために。』」
 以上のとおり、キリストは「あなたは、いけにえやささげ物、全焼のささげ物や罪のきよめのささげ物、すなわち、律法にしたがって献げられる、いろいろな物を望まず、またそれらをお喜びになりませんでした。」と言い、
 それから、「今、わたしはあなたのみこころを行うために来ました」と言われました。第二のものを立てるために、初めのものを廃止されるのです。
 このみこころにしたがって、イエス・キリストのからだが、ただ一度だけ献げられたことにより、私たちは聖なるものとされています。

2025年2月9日
「主へのささげもの」  吉村恵理也師

 レビ記 1章1節-6節

 主はモーセを呼び、会見の天幕から彼にこう告げられた。
 「イスラエルの子らに告げよ。
 あなたがたの中でだれかが主にささげ物を献げるときは、家畜の中から、牛か羊をそのささげ物として献げなければならない。
 そのささげ物が牛の全焼のささげ物である場合には、傷のない雄を献げなければならない。その人は自分が主の前に受け入れられるように、それを会見の天幕の入り口に連れて行き、
 その全焼のささげ物の頭に手を置く。それがその人のための宥めとなり、彼は受け入れられる。
 その若い牛は主の前で屠り、祭司であるアロンの子らがその血を携えて行って、会見の天幕の入り口にある祭壇の側面にその血を振りかける。
 また、全焼のささげ物はその皮を剥ぎ、各部に切り分ける。

2025年2月2日
「聖書が遂げようとしていること」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 9章28節-36節

 これらのことを教えてから八日ほどして、イエスはペテロとヨハネとヤコブを連れて、祈るために山に登られた。
 祈っておられると、その御顔の様子が変わり、その衣は白く光り輝いた。
 そして、見よ、二人の人がイエスと語り合っていた。それはモーセとエリヤで、
 栄光のうちに現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしている最期について、話していたのであった。
 ペテロと仲間たちは眠くてたまらなかったが、はっきり目が覚めると、イエスの栄光と、イエスといっしょに立っている二人の人が見えた。
 この二人がイエスと別れようとしたとき、ペテロがイエスに言った。「先生。私たちがここにいることはすばらしいことです。幕屋を三つ造りましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために。」ペテロは自分の言っていることが分かっていなかった。
 ペテロがこう言っているうちに、雲がわき起こって彼らをおおった。彼らが雲の中に入ると、弟子たちは恐ろしくなった、
 すると雲の中から言う声がした。「これはわたしの選んだ子。彼の言うことを聞け。」
 この声がしたとき、そこに見えたのはイエスだけであった。弟子たちは沈黙を守り、当時は自分たちの見たことをいっさい、誰にも話さなかった。

2025年1月26日
「祝いの時の喜び、弔いの時に悲しむ」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 7章29節-35節

 ヨハネの教えを聞いた民はみな、取税人たちでさえ彼からバプテスマを受けて、神が正しいことを認めました。
 ところが、パリサイ人たちや律法の専門家たちは、彼からバプテスマを受けず、自分たちに対する神のみこころを拒みました。
 それでは、この時代の人々を何にたとえたらよいでしょうか。彼らは何に似ているでしょうか。
 広場に座り、互いに呼びかけながら、こう言っている子どもたちに似ています。
  『笛を吹いてあげたのに、
  君たちは躍らなかった。
  弔いの歌を歌ってあげたのに、
  泣かなかった。』
 バプテスマのヨハネが来て、パンも食べず、ぶどう酒も飲まずにいると、あなたがたは『あれは悪霊につかれている』と言い、
 人の子が来て食べたり飲んだりしていると、『見ろ、大食いの大酒飲み、取税人や罪人の仲間だ』と言います。
 しかし、知恵が正しいことは、ずべての知恵の子らが証明します。』

2025年1月19日
「イエス様の招き方」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 5章27節-32節

 その後、イエスは出て行き、収税所に座っているレビという取税人に目を留められた。そして「わたしについて来なさい」と言われた。
 するとレビは、すべてを捨てて立ち上がり、イエスに従った。
 それからレビは、自分の家でイエスのために盛大なもてなしをした。取税人たちやほかの人たちが大勢、ともに食卓に着いていた。
 するとパリサイ人たちや彼らのうちの律法学者たちが、イエスの弟子たちに向かって小声で文句を言った。「なぜあなたがたは、取税人たちや罪人たちと一緒に食べたり飲んだりするのですか。」
 そこでイエスは彼らに答えられた。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人です。
 わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためです。」

2025年1月12日
「主の道は慰めである」  吉村恵理也師

 イザヤ書 40章1節-5節

  「慰めよ、慰めよ、わたしの民を。
  ーあなたがたの神は仰せられるー
  エルサレムに優しく語りかけよ。
  これに呼びかけよ。
  その苦役は終わり、その咎は償われている、と。
  そのすべての罪に代えて、
  二倍のものを主の手から受けている、と。」
  荒野で叫ぶ者の声がする。
  「主の道を用意せよ。
  荒れ地で私たちの神のために、
  大路をまっすぐにせよ。
  すべての谷は引き上げられ、
  すべての山や丘は低くなる。
  曲がったところはまっすぐになり、
  険しい地は平らになる。
  このようにして主の栄光が現されると、
  すべての肉なる者がともにこれを見る。
  まことに主の御口が語られる。」

2025年1月5日
「恵みと知識において成長する」  吉村恵理也師

 ペテロの手紙第二 3章18節

 私たちの主であり、救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。イエス・キリストに栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。